趣味で天然石ブレス作成してます♪
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・・・
2009年06月20日 (土) | 編集 |
      6月20日(土)

ここで父親の産みの親である(私のばあちゃん)の紹介

私達の住むアパート近くに住んでおり、じいちゃんは私が産まれる前には亡くなっていた。
私達姉兄は母親から「ばあちゃんの家にはいつもお客さんが来てるから行ったらダメ」と
言われていた

小学校の4〜5年生の頃には、その言葉が理解できた。
ばあちゃんの家は・・・
いわゆる賭博場
その筋の方とか・・・

何気に幼い頃、母親に内緒で行ったときは体中に刺青を入れた人が・・・

私の目にはスゴイ万札が


今考えると・・・怖い状況ですね


やはり、ばあちゃんが亡くなったらまたまた借金が出てきた・・・

親子だね



更新未定・・・



\1500
マザーオブパール

\1700
ローズクォーツ*アベンチュリン


続・幼少期・・・
2009年06月10日 (水) | 編集 |
      6月10日(水) 梅雨入り〜

ある朝、早朝の出来事・・・
私と兄が布団を並べて眠っていると
隣の部屋から父親の声が・・・「人から250万円借りとる」
(まともに仕事もしない父親が借金ギャンブルに使ったのは幼い私たちにも分かっていた)
母親は・・・「別れて!」

隣の部屋で私と兄は目を覚ましていたが、何故か怖くて布団の中にジィ〜っと・・・


父親は・・・「ワシが死んだらナンボ保険が入るんか?」


母親は既に呆れていた。

いつもの脅し文句 そんな度胸があるとは思わないが母親は私達の事を考えると離婚は出来ないと考えていたようだ。
(その当時は離婚家庭は少なかったので子供が可哀想だから・・・)
母親は実家の親にお金を仕度してもらい、父親に・・・
勿論、返済は母親がしてきた。


その後も貧乏生活の中、数百万の借金を何度か・・・
家族のために使うのではなくギャンブルで

母親は私達が学校に行く前には仕事に出掛け、冬の朝はまだ暗かったのを覚えてます。



更新は不定期です。。。
幼少期・・・
2009年06月09日 (火) | 編集 |
     6月9日(火)

私の幼少期時代・・・・

記憶は薄っすらではあるが、いつも父親に怯えてる記憶ははっきりと覚えている。

殆んど毎日のように酔って帰ってくる父親・・・

母親は私達姉兄に早く寝るよう毎日イライラしてた。
父親が帰ってきたときには寝てるようにだった・・・

しかし、私達3人は言うことを聞くような年齢ではなかった
上の2人は、よく怒られた

私は末っ子のせいか・・・性格的なものか???
子供らしくない冷めた子供でした。
私からの喧嘩はなく、上からのちょっかいが殆んどでよく泣いていたのも記憶にあります。


その3人を父親よりも先に叱り付け寝かせるのが母親の日課のようなものでした。
酔った父親が機嫌を悪くするよりましだったから・・・


今でもよく覚えてるのは・・・
姉兄の喧嘩を止めようと母親が2人を叱ってると
そこに父親が野球のバットを手に持ち2人を殴り掛けたときに母親が間に入り
母親が殴られました

父親は直ぐにその場から離れ何事も無かったかのように自分の布団に・・
母親は痛みのせいか泣きながら「早やく寝っ」っと言ってその場から離れました。



その父親はキャンブルも大好きです





更新は不定期です。。。



1800

ムーンストーン*サンストーン*水晶 ¥1800